大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)345号 判決
原告 川尻隆
右代理人弁護士 藤原光一
同 久保義雄
被告 株式会社 三和自動機製作所
右代表取締役 高垣一郎
右代理人弁護士 田代三千雄
第一 主文
一、被告は原告に対し、一、一二〇、〇〇〇円および内金一、〇二〇、〇〇〇円に対する昭和四三年二月九日から、残金一〇〇、〇〇〇円に対する同年一〇月三日から各支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。
四、この判決一項は、かりに執行することができる。
第二 原告の申立て
被告は原告に対し、二、四九七、〇二八円七七銭およびこれに対する昭和四三年二月九日(本訴状送達翌日)から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員(遅延損害金)を支払え。との判決ならびに仮執行の宣言。
第三 争いのない事実
一、傷害交通事故発生
とき 昭和四二年八月一一日午後二時ごろ
ところ 摂津市千里丘東四丁目一九番三四号
道路状況 南北に通ずる道路に西から交差する三差路
事故車 軽四輪トラック(六大阪か〇一七〇号)
運転者 被告従業員中村二六(業務中)
受傷者 原告(当時二八才、右拇指挫断創兼末節骨髄炎)
態様 南進中の事故車と足踏み自転者に乗り西から北に左折しようとする原告が接触した。
二、被告の支出 二四九、六四〇円
(1) 休業補償費 二一九、六四〇円
(2) 見舞金 三〇、〇〇〇円
第四 争点
(原告の主張)
一、被告の責任原因(自賠法三条)
前記第三の一の事実。
二、原告の損害 合計二、七四六、六六八円七七銭
(1) 逸失利益 一、九四六、六六八円七七銭
(イ) 労働能力喪失比率
現住地において椅子四台、従業員二名を使用し、理容業に従事している。理容業においては、右手指先の使用がきわめて重要なものであるところ、本件事故により右拇指挫断し右拇指の感覚神経が不完全となり、理容業のうち少なくとも顔そりをすることができない。その失われた労働能力の比率を理容業務の三態様の価格の比により求めると、つぎのとおりである。
比率
(ロ) 逸失利益現価
理容業において経験一〇年を有し、昭和四一年分の納税申告所得額は三七一、四〇〇円であり、その就労可能年数は三五年であるから、複式ホフマン計算法により逸失利益の現価を求めると、つぎのとおりである。
三七一、四〇〇円×5/19×一九・九一七四五一一=一、九四六、六六八円七七三
(2) 慰謝料 五〇〇、〇〇〇円
昭和三〇年四月以来理容業に従事し、その間営々辛苦の結果昭和四〇年四月以来現在地において店舗を構え、椅子四台を備えて益々繁栄の基礎を築かんとしていたところ、本件事故により理容業者として第二の生命ともいうべき右拇指を切断され、現在においても右拇指の感覚をなくし、実際上顔そりはもちろん調髪も困難な状況である。すなわち、右拇指が短くなりその神経が不完全で感覚がないため、いつかみそりを顧客の顔に落とすかも知れないので、とうてい顔そりはできない。
右のような事情を考えるとき、原告は将来の理容業に従事することにつき暗たんたる心情であり、その精神的苦痛は大きい。
(3) 弁護士費用 計三〇〇、〇〇〇円
(イ) 着手金 一〇〇、〇〇〇円
(ロ) 報酬 二〇〇、〇〇〇円
事故後原告は就労不能となったため、その業務代行者を雇わざるをえなかった。そのための費用は被告から給付を受けたが、この給付も昭和四二年一〇月末日をもって打ち切られ、原告の要求にもかかわらず被告はその余の賠償をしないので、やむなく原告において訴訟提起を決意したが、法律にうといのでその請求を実効あらしめるため弁護士に訴訟委任をした。
三、本訴請求
以上損害合計額から前記被告の支出額を控除した二、四九七、〇二八円七七銭および前記遅延損害金。
四、被告主張に対する反論
原告が本件道路を西から東進し北に左折しようとしたき、北から南進してきた事故車を発見し道路西端で自転車を停止して待機中、事故車はスピードを出していたため十分に左にハンドルが切れず、接触したものである。
(被告の主張)
一、免責事由
本件事故は原告の一方的過失により発生した。事故現場は別紙現場見取図に示すとおり、南北に幅員三・五メートルのアスファルト道路、東西に幅員四・五メートルの未舗装地道が通ずる場所である。被告従業員中村は時速三〇ないし三五キロメートルで南北道路を北から南に向け進行し交差点付近で減速したが、A点においてB点に原告を発見したのでC点の石橋上で急ブレーキを踏み、同石橋の中央寄りで停車したのと同時に、原告が事故車の右前部側面に接触してきたものである。しかして、A点からC点まで約五メートル、B点からC点まで約八メートルの距離があり、事故車がC点の石橋中央寄りに停車したのは、同所前方東側に工事用土砂が集積してあった結果やむをえない措置である。
二、過失相殺されるべき事案である。
第五 証拠 ≪省略≫
第六 争点に対する判断
一、被告の責任原因(自賠法三条)
≪証拠省略≫を総合すると、つぎの事実が認められる。
(1) 本件事故現場の状況は、ほぼ別紙現場見取図のおとりであり、交差点北西角には吉沢家があって左右の見通しは悪い。
(2) 訴外中村は時速三〇ないし三五キロメートルで事故車を運転南進中、西側道路から北に向け交差点北西角付近を左折してきた原告の運転する足踏み自転車を右前方近距離に発見し、接触の危険を感じただちに急ブレーキを踏んだが及ばず、右交差点北西角付近の石橋上で自車フロントウインド右端付近を原告の右拇指に接触させて停車した。
(3) 原告は足踏み自転車に乗り西側道路北(左)端を東進し交差点を北に左折しようとしたとたん、北方道路東(右)側に事故車を認め接触の危険を感じたのでただちに左脚を地面につけて停車し、ハンドルの右端を握っていた右手をかばうつもりでてのひらを外側に向け手を開いた瞬間、右拇指先端が事故車に触れた。
≪証拠判断省略≫
とすると、訴外中村は本件交差点北西角に家があり西側道路に対する見通しが悪いのに徐行を怠り、漫然時速三〇ないし三五キロメートルで道路東(左)側から交差点北西角に向け斜めに進行したため、交差点北西角を左折してきた原告を近距離に認め、急ブレーキを踏んだもののハンドルを左に切る余裕もないまま接触するに至ったものと推認され、本件事故発生につき事故車運転者中村に過失がなかったとはいえない。
二、原告の損害 合計一、一五〇、〇〇〇円
(1) 逸失利益 認められない。
(イ) 後遺障害の程度
≪証拠省略≫を総合すると、原告は事故後昭和四二年一一月一三日まで通院加療した結果、右拇指約一センチメートル短縮(爪は残っている)および拇指断端部知覚過敏を残し治ゆしたこと、約三年半前から独立して理容業を営んでいるが、右後遺障害のためかみそりとはさみが使いにくいことが認められる。
(ロ) 逸失利益の有無
原告は右後遺障害のため理容師としての労働能力および見込み収入を少なくとも従前の一九分の五失った旨主張する。たしかに、指先の器用さを必要とする理容師にとり右拇指に前記のような障害が残ったことは重大であり、そのため顔そりなどに不自由を感じているのであるから、原告の右主張もあながち不当とはいえない。しかしながら、≪証拠省略≫によると、原告の理髪店には原告のほかに従業員が三名おり、顔そりは必ずしも原告自身がやらなければならないものではなく、他の従業員にまかせてもさしたる支障はないこと、右拇指断端の知覚過敏が消失すれば、訓練しだいで安全に顔そりが行なえるようになりうること、調髪には特別にあつらえたはさみを用い能率の低下はないこと、事故後二か月余り治療のため業務代行者を雇ったが、その後原告が業務に復帰してからも従業員数は事故前と変わりがないのに減収はなく、むしろ料金値上げなどもあって増収となっていることが認められる。
とすると、原告の理容師としての労働能力が若干減退したとしても、そのため格別の収入減を生じ、または将来生ずるものとは認めがたく、原告の逸失利益の損害の主張は採用することができない(最判昭和四二年一一月一〇日、判例時報五〇五号三五ページ参照)。
(2) 慰謝料 一、〇〇〇、〇〇〇円
右算定につき特記すべき事実はつぎのとおり。
(イ) 前記受傷部位・程度、治療期間、後遺障害。
(ロ) 不自由な右拇指先端部を訓練して従前どおりの顔そりができるようになるまでかなりの苦労が予想される。
付言するに、慰謝料の額に関する当事者の主張は事実そのものの主張ではなく、いわば精神的苦痛について当事者の評価の主張というべきものであるから、裁判所は当事者の主張額に拘束されず、場合によってはこれを越える額を認定することができると解すべく、また身体傷害という不法行為は「身体」という一個の法益を侵害するものであるから、これより生ずる損害賠償請求権も一個と解するのが相当である。とすると、本件において慰謝料の額を原告主張以上に認定しても、認容総額において原告の請求額を越えないかぎり、民訴法一八六条に違反しないということができる(同旨、東京地判昭和四二年一〇月一八日、判例時報四九六号一五ページ)。
(3) 弁護士費用 計一五〇、〇〇〇円
(イ) 着手金 五〇、〇〇〇円
(ロ) 報酬 一〇〇、〇〇〇円
本訴提起に至るまでの事情は原告主張のとおり認められ、被告の賠償すべき弁護士費用は右の額をもって相当と認める(≪証拠省略≫)。
三、過失相殺すべき事案ではない。
すでに認定した本件事故の態様から判断すると、いわゆる過失相殺に供すべき原告の過失は認められない。
四、結論
被告は原告に対し、前記損害合計額から被告の前記支出額中見舞金三〇、〇〇〇円を控除した残額一、一二〇、〇〇〇円(被告支出の休業補償費はその性質上右損害のてん補と認めえないので控除しない)および内金一、〇二〇、〇〇〇円に対する昭和四三年二月九日から、残金一〇〇、〇〇〇円(報酬)に対する同一〇月三日(本判決言渡日)から各支払いずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。
よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷水央)
<以下省略>